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★「MUSIC MAGAZINE」、04/1 北中正和
「20世紀後半にポルトガルのファドを世界に広めたアマリア・ロドリゲスが86年に研究者に語り下ろした自伝が翻訳された。それ以後99年に亡くなるまでの活動については訳者による簡潔な紹介が加えられ、公演旅行、映画、ディスクなどの資料も本書の3分の1近くを占める。彼女について日本語で読める文献としては決定版といっていいだろう。「アマリアが風邪をひけば、通貨エスクードの相場が下がる」とまで言われ、名声に包まれて亡くなった彼女だが、すべての自伝は子供時代や世間に認められるまでがいちばんおもしろいという原則はこの本にもあてはまる。ただしこの本はそれ以後もおもしろい。それは滑った転んだのエピソード以上に、彼女が曇りのない心と鋭い直感で音楽について縦横無尽に語っているからだ。そこには成功によるおごりなどひとかけらも見られない。たとえばその感覚は、「アラブの歌とファドには通じるものがある」と語り、はじめてブラジルでエスコーラのサンバを聞いた思い出を「サンバとファドのメロディや歌詞には同じ悲しみがある」「(サンバは)ただアフリカの陽気な仮面をかぶっているだけ」と語り、世界的に知られるヒット曲「暗いはしけ」について「はじめ私はブラジルの曲とは知らなかった。アフリカの曲かと思っていた」と語る、そんな言葉のあちこちから伝わってくる。そんな彼女だからファドを型にはめることの愚を誰よりもよく知っていた。「イベリア半島の歌手」というのが彼女の自己規定だ。最近はマリーザなど新世代の歌手でファドに興味を持った人が多いと思うが、そんな人も機会があればこの本を読んで、彼女の初期の音楽を聞いてみてほしい。」
★「読売新聞」樺山紘一 03. 11.30
「たぶん、もっとも有名なポルトガル人だろう。「ファドの女王」とよばれ、映画「過去をもつ愛情」の主題歌「暗いはしけ」の大ヒットがある。世界中の舞台で歌った。日本では、大阪万博で。民衆歌謡として生まれたファドが、その咽(のど)によって世界の音楽になった。黒い衣装と、しぼりだすような哀調。これぞポルトガルと、だれもが認める。四年前、七十九歳の死にのぞんでは、ポルトガルは国葬をもって送った。インタビューによる自伝である。貧しい少女時代にはじまり、いろいろのことがあった。いたって率直にかたっているが、じつはサラザール独裁政治との関係をうたがわれたこともある。真相はともあれ、アマリアの告白の、あたたかい天真爛漫さを信じておきたい。いずれにしても、その全貌がようやくみえてきた。ディスコグラフィや公演記録をはじめとする、完備した巻末資料も貴重である。
★日本経済新聞 10月26日 黒田恭一
「暗いはしけ」や「ポルトガルの四月」といった歌に誘われたかたちでアマリア・ロドリゲスの歌をきくようになって、しばらくたってから、ファドに運命という意味があると知った。港町リスボンの下町で生れ育ったファドには、軽いリズムに揺れながらうたわれても、うつむいた、寂しげな表情をたたえた歌が多い。
ファドの、歌としての、そのような性格に従ってのことだったのかどうか、アマリア・ロドリゲスは黒い衣装に身をつつみ、しわがれ声でうたった。彼女の独特の節まわしが、歌の陰影をさらに濃くしていた。つまり、ファドとアマリア・ロドリゲスの感じさせる気配は、お世辞にも明るいとはいいがたく、暗く、湿っていた。
「ファドの女王」アマリア・ロドリゲスがその生涯を語ったとなれば、当然、口調も、語られる内容も、明るいはずはないなと、一応、覚悟した。ところが、どっこい、この本から読者が感じるアマリア・ロドリゲスは限りなく率直で、はなし好きな、気さくなおばさんである。’読者がここでその生涯を語るアマリア・ロドリゲスを生々しく感じることができるのは、聞き書きをした著者が彼女を巧みに誘導できたがゆえであろう。人は自分を愛してくれている人の前では率直になれる。アマリア・ロドリゲスは彼女をこよなく愛する、よき著者にめぐまれてしあわせだった。本書の魅力は、そこにつきる。
さらに、本書は、「いつ果てるともないアマリアのおしゃべりに耳をかたむけるように、この本を読んでくだされば、と思う」と、慎ましいことばを「あとがき」にそえる訳者のおかげで、絶好の読み物となっているということも、書きそえておきたい。おしゃべりに耳をかたむけるように読めるのは訳文が充分にこなれているからである。
巻末に掲載されている各種データがまた、詳細をきわめ、この本がアマリア・ロドリゲスを愛する人たちの手で生みだされたことを無言のうちに語っている。読んで、その人をもっと好きになれた自伝は、いい自伝である。

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