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★「週刊読書人」森達也 03.12.5
(パンタ+椎野礼仁 1500円 03.9.30刊)「何だかグリム童話のようなタイトルだけど、もちろんそうじゃない。パンタとは1969年に結成された伝説的なロックグループ「頭脳警察」のリーダーで、レイニンは元新左翼活動家で今は編集プロダクションの経営者。年齢的には二人ともほぼ同じで五十台半ばをそろそろ迎えようとしている。
2003年2月、この二人を含む36名の一行が、間近に迫ったアメリカの侵攻への反対を表明するため、バグダッドに滞在した。メンバーたちのイズムや思想の左右呉越同舟は凄まじい。(中略)
……二人とも年齢は僕より一回り上だ。つまり僕の世代にとっては、やりっぱなしの世代だ。
安田講堂陥落やよど号ハイジャック事件、浅間山荘の生中継などをテレビで眺めながら、思春期を迎えた僕は昂揚していた。この頃に観た映画は「いちご白書」に「YOU」。どちらもベトナム戦争を背景にしたアメリカの学生運動を描いた映画だった。ヤクザ映画を観た後にポケットに両手を突っ込んで周囲にガン付けをしながら劇場から出てくるように、青臭い中学生は、しばらくはすっかり運動の闘士になりきっていた。
大学に進学する理由はもちろんそれだけじゃないが、運動に身を投じたいという思いはまちがいなくそのひとつだった。しかしキャンパスに通い始めた僕は、自分が遅れてきたことにやっと気づく。政治の季節は終わっていた。かつての闘士たちのほとんどはあっさりと挫折して、下の世代は「新人類」などと呼称されていた。そりゃないぜと思いながら、二十代を過ごしたという感覚がある。だからこそかつての闘士たちが、生活や営みに日々を過ごしながら、時おり唇の隙間から洩らす「このままでいいのか」という呻きに僕は惹かれる。十\\年前ならそんな呻きが愚痴や言訳に聞こえたと思う。今は違う。それほど時代は急速に変質している。左は居場所を失い右もさすがに困惑するほどに。だからこそ彼らはイラクに向かった。思い込みかもしれないが、遅れてきたからこそ僕はそう思いたい。この大義なき戦争を止めさせることはもちろん第一義だが、彼らは「連帯」を再確認したのだろう。思想やイズムの連帯じゃない。生きているという現在を全肯定する連帯だ。

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