越境するトポス

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『越境するトポス』表紙\

書籍名   : 越境するトポス 環境文学論序説
        (エッキョウスルトポス)
著者名   : 野田研一、結城正美(ノダケンイチ、ユウキマサミ) 編
発行日   : 2004-07-31
税込価格 : ¥4725
本体価格 : ¥4500
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★英語青年 05年1月号 笹田直人
「本書は、ネイチャーライティングやエコクリティシズムなど、日本での「環境文学研究」のさらなる展開をめざして編まれた論文集である。…野田氏は「序」で吾国の環境文学研究が第二段階にさしかかっていると指摘し、「ジャンル論としても文学理論としても輸入品の域を出なかった諸要素を、真に日本における文学ジャンル、文学研究の方法論として定着させる」こと、この分野の作品を「享受できる読者層を見いだし、息の長いジャンルとして日本的に成熟させる」ことの必要性を熱く静かに説く。実際、この論集の扱う作家のうち、生田論文が三木卓・石牟孔道子・内山節、野田論文が藤原新也、小谷論文が林京子、山里論文が宮沢賢治、結城論文が石牟礼、高田論文が戸川幸夫・宮沢、山城論文が柳田国男・森崎和江・堀江謙一、アレン論文が石牟礼という具合に、半数以上が日本の作品を検討している。いずれも、アメリカ文学との比較文学的視座に立ちつつ、「場所の感覚」「人間中心主義批判」など環境文学研究の核を成す主要な批評題目から読み親しんだ日本文学に新しい光をあてており、新鮮な読みと日米文学の喜ばしい邂逅へと読者を導いてくれるだろう。「トポス」とは、定型の表現形態の謂いでもあるが、また引き出されるべき表\\現の隠された場所の謂いでもある。本書は、『越境するトポス』という書名に相応しく、そうした場所を求め種々のディスプリンを越境する真率な探求の書である」。

★週刊読書人 9/3
「伝統的な文学研究では主題はもっぱら文明社会における人間存在の意義に終始してきた。そのようなアプローチでは現在進行しつつある環境危機には対処できない。環境危機は文明や文化の危機であり、同時に私たち人間性の危機でもある。というのも地球上に住むただ一つの種にすぎないホモサピエンスの、倣慢ともいえる営みがその大きな要因であるからだ。環境文学は従来の文学研究の反省に立ち、自然や環境の視点から私たちの文明の質を問い、私たちの生き方を問い直す。日本に紹介されてまだ10年余り、若い文学研究の分野である。環境文学という場合、一般的に知られているネイチャーライティング(人間と自然をめぐるノンフィクション、エッセイ)に小説、詩、演劇をも合むジャンルを指す。本書の意義を「場所の感覚」、「日本文学へのアプローチ」、「アメリカ人研究者の寄稿」という観点から紹介したい。本書には十三の論考が収められているが、そのほとんどが「場所の感覚」に関するものであることに注目したい。場所の感覚とは、「場所」についての意識をいっそう深化させたもので、場所を生態系ばかりか歴史や文化をも含めた複合体として捉え、そこの共同体の一員として根づくことによって初めてアイデンティティが確認されるという考え方である。アメリカ文学で言えば、ソ\ローの『森の生活(ウォールデン)』がその原型となり、日本文学で言えば、石牟礼道子の『苦海浄土―わが水俣病』は、逆に愛すべき場所が高度成長とともに崩壊していった遇程を描いている。本書の執筆陣の顔ぶれから、英米文学論が予\想されたが、タイトル『越境するトポス』(トポス=自然をめぐる言説)にあるように、トポスは各地、各領域に越境する。執筆陣自身が自らの文学研究を越境し、日本文学の読み直しを強く迫っているのが本書の特徴である。その対象は野尻抱影、三木卓、石牟礼道子、内山節、藤原新也、林京子、宮沢賢治、戸川幸夫等、実に多彩だ。そこにアメリカの作家ミューア、ステグナー、スナイダー、テリー・テンペスト・ウィリアムス、スコット・ラッセル・サンダーズ、ゲーリー・ポール・ナブハンが入り混じり、さらに海洋文学と動物文学に関する論考が加わって、一大「環境文学論序説」が展開する。アメリカ人研究者の寄稿はどれもそつなくまとまりがある。特にスロヴィックの「Xのなめらかな表皮をめくると」は、サンダースやナブハンのもつグローバリズムの間題点を分析したものである。アメリカではグローバリズムまでもが文学研究の対象となっていることに驚かされる。本書に関心をもたれた方に、次のような環境文学からのメッセージを紹介しよう。「自分がどこにいるかを知らなければ、自分が誰であるかわからない。」「私たちは場所を語る語彙をもっとゆたかにしなければならない。」あるシカゴの動物園の出口には、大きな姿見の鏡が掛っている。その上に「今あなたが見ているのは、地球上で最も凶暴\な動物です」と書かれている。環境文学研究が必要とされる時代が到来したようだ。」

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