幼年論
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| 書籍名 : 幼年論 21世紀の対幻想について |
| (ヨウネンロン) |
| 著者名 : 吉本隆明、芹沢俊介 |
| (ヨシモトタカアキ、セリザワシュンスケ) 著 |
| 発行日 : 2005-06-20 |
| 税込価格 : ¥1680 |
| 本体価格 : ¥1600 |
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★『東京新聞』『中日新聞』9.4
「消滅寸前の幼年」には人間を根源から解く鍵がある、としながら語り合う全九章の対談。「軒遊び」ができない時代と引きこもりにふれた吉本の発言や、太宰治、夏目漱石、そして天皇の家族をめぐる議論が印象的。「幼年」とは「母親が傍らにいることが必要な時期」と芹沢は述べ、「軒遊び」の大切さを語る吉本の言葉と通じ合う認識を語る。副題に「21世紀の対幻想について」とある」
★瀬尾育生、中国新聞ほか共同通信配信
「乳児期のあとにやってきて、やがて学校という「社会」に出てゆく手前の時期竏窒サれが幼児期である。「家遊び」と「外遊び」の中間の、いわば「軒遊び」の世界。/乳児はまず母親から、自らの「存在」への無条件の肯定を受け取る。幼児期は、この存在肯定の上にたって、そこから生きることを始める時期だ。そのとき母親は「そばにいる」。幼児期とは「母親が傍らにいる必要のある時期、時間」である、という定義が、この対談の出発点になっている。/私たちはふだん、自分が「一人の人間」であることを出発点にして、他人や社会との関係を考えている。そういうとき幼児期は、私たちの意識の背後に追いやられている。だが幼年期とはほんらい、私たちが「一人の人間」になるまえの、その土台をつくる時期なのだ。
/ところでいま私たちは幼年期を失いつつある。自分の幼年期がどういうふうだったか、もうだれも思い出さない。子供に対しても私たちは、大人になってしまった自分の感覚を押しつけているだけなのかもしれない。/おまけに現在、教育や社会が、子供との関係の中にあまりに早く入り込むので、大人たちは子供に存在肯定を与えるゆとりも、ただ黙って子供の傍らにいる時間も持てなくなっている。「引きこもり症」はある意味で、幼年期が失われたことへの代償行為なのだ、という吉本の指摘はするどい。
/幼年期について考えるということは同時に、ふつうの大人の言葉や論理によっては考えにくいような、人と人の関係の、深い陰影の世界について考えることでもある。なぜある人には無条件な親しみを感じるのに、他の人との関係は疎遠さからしか始まらないのか。兄弟姉妹を支配している情感の濃淡とは何か、日本は現在にいたるまで、深層においては女系社会なのではないか、等々。
/この本はそれらの世界を、対話者自らの体験的な記憶や、漱石や太宰の文学作品、柳田国男や折口信夫の知見などのなかに探ってゆく。「一人の人間」であることを出発点とした私たちのふだんの思考からは、決して触れられないような世界の感触を、ありありと思い出させ体験させてくれる。」
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