ミスター労働運動 城常太郎の生涯
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| 書籍名 : ミスター労働運動 城常太郎の生涯 |
| (ミスターロウドウウンドウジョウツネタロウノショウガイ) |
| 著者名 : 牧民雄(マキタミオ) |
| 発行日 : 2006-04-20 |
| 税込価格 : ¥2100 |
| 本体価格 : ¥2000 |
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★執念でロマン掘り起こす
執念で掘り起こした、明治の労働運動にロマンを求めた男の一代記である。
その男・城常太郎(一八六一~一九〇五)。二十五歳のときに、靴職人としてアメリカンドリームを求めて渡米。帰国後、日本の労働組合運動の草分けとなった男である。「忘れられていた常太郎を、やっとよみがえらせることができました」と喜ぶ。 常太郎とは、慶応大学在学中、偶然の“出会い”だった。暇つぶしに受けた近代労働史の講義。うたた寝状態で耳にしたのが『外国人のようなジョー・ツネタロウという名前」だった。
どこかで聞いた名前…。母方の曾祖父だった。
卒業後、化粧品セールスの仕事をしながら全国各地の図書館を訪ね、古い新聞や分厚い資料を調べ続けた。「仕事を減らし、自炊し生活費を切り詰めて…」
常太郎は、熊本に生まれ、父は幼いころ軍人に「切り捨てごめん」のように殺された。しかも一家は西南戟争でぱらばらになっている。社会の弱者を見詰めるまなざしの原点を、そこにみる。
常太郎は神戸の靴製造会社に就職。二十三歳のとき、貿易港として栄えていた長崎市に店を構え製造販売に乗り出す。当時、靴工たちは道具を貸し借りするように、牛馬のように扱われていた。
「常太郎は、雇用主の立場でありながらストや集会にはせ参じていました。働くものの楽園を、そのときから夢見ています」 明治二十一年、常太郎は米国に到着。地下室を借りて靴屋を始める。日本から靴職人を呼び寄せ工場での製造にも力を入れた。白人靴工同盟による日本人
へのバッシングも激しさを増したが、白人の好まない修理の仕事に活路を見いだした。当時、サンフランシスコから日本各地に向けて労働組合結成の檄文を送っている。
三十二歳のときに帰国。「靴職工同盟」のために奔走し横浜船大工のストライキを指導し、「労働組合期成会」のために奔走する。肺結核に侵されても…。
「東京、横浜、神戸、大阪の各都市に駆けつけ、近代労働運動の聖火を灯して回った男でした」著者は大分市出身。東京都府中市に住む。原稿を手に出版社を回り続け出版にこぎつけた。五十六歳。
(西日本新聞、2006年5月21日)
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